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カスタマーディライトとは?顧客から愛される企業になるために

更新日: 2023年1月5日

企業にとって、自社製品や企業ブランドに対する顧客満足度(CS:Customer Satisfaction)を向上させることは非常に重要です。しかし、「それだけでは足りない」という見解もあります。顧客から継続的に信頼され、支持を得るためには、「カスタマーディライト」(Customer Delight)という考え方も要求されるようになっています。

ただの満足では物足りない

これまで、多くの企業がCSを上げるためにさまざまなサービスを提供してきました。たとえば、顧客に試供品や特典を提供し、アンケートを取り、それをさらなる特典の提供に結びつける、といった取り組みが一例として挙げられます。こういった取り組みにより顧客はロイヤルカスタマーとなり、顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)も向上していきます。また、彼らが好意的な口コミを広げてくれることで「新規顧客の獲得につながり、企業の収益性を向上できる」という考え方が広く浸透してきました。

つまり、自社の商品やブランドに「満足」した顧客は自然と「自社に対して協力的になる」という考え方です。しかし、本当にそうでしょうか?



実際には、単に「満足した」程度では顧客は動かないのではないでしょうか。同じ「動く」にしても、SNSで「いいね」ボタンを押してくれるのと、「この会社の商品はこんなに素晴らしい!」と宣伝してくれるのとでは、顧客側の労力に大きな差があります。では、顧客がわざわざ労力をさいてまで自社製品を勧めてくれるのはなぜでしょうか? この答えの裏にあるのが「カスタマーディライト」という考え方です。

カスタマーディライトは「大喜び」の力

カスタマーディライトの「ディライト」(delight)には、「大喜び」「うれしさ」「歓喜」などの意味があります。つまり、ただ「満足」する程度ではなく、「大喜び」するほどの体験をしないと、顧客は商品やブランドに対して忠誠心を示してくれないということです。



「心が動かされる」という表現があります。人は、何かに対して自分の期待以上の体験をすると、心が揺り動かされ、自然とその対象に対してポジティブな反応を示します。

マーケティングの大家であるフィリップ・コトラーは、「顧客の期待」と「モノ・サービスのパフォーマンス」について、以下の形容をしています。

  • 期待 > パフォーマンス (顧客は不満)
  • 期待 = パフォーマンス (顧客は満足)
  • 期待 < パフォーマンス (顧客は歓喜)

つまり、期待以上のパフォーマンスを提供し、顧客の心を動かして初めて、顧客のポジティブなアクションを期待できる、というわけです。

一人ひとりを思って行動すること

サービス業、特にディズニーランドや高級ホテルのようにイメージを大切にする場所では、カスタマーディライトが非常に重要視されています。

井上富紀子/リコ・ドゥブランク著の『リッツ・カールトン20の秘密』(2007)によると、世界的ホテルであるザ・リッツ・カールトンでは、CSではなく、カスタマーディライトを基準としているそうです。彼らは、キャストの一人ひとりが常に高いプロ意識を持ち、顧客にdelightな体験を与えることを念頭に置いています。顧客の好みを徹底的に観察し、あるいは顧客から直接聞くことで、顧客が望んでいるサービスを提供しようとします。



その範囲は、例えば「バスタブを使うのか、それとも使わないのか」「部屋で飲む飲み物はどういったものが好みか」といった細微な事柄にまでわたります。そのうえで、顧客一人ひとりの嗜好性をデータベース化して共有し、顧客がいつ来ても、キャスト全員が顧客の望むサービスを提供できるようにしています。

さらに、サプライズの花束を渡すなどのサービスも行います。こういったサービスは、提供するタイミングが重要。同ホテルではキャスト一人ひとりに裁量権と予算を与え、顧客が喜ぶであろうサービスを、喜ぶであろうタイミングで提供できるようにしてきました。

これらは、いわゆる「One to Oneマーケティング」であり、「顧客一人ひとりが望むサービスを、企業が総力を挙げて提供する」という考え方に近いといえるでしょう。

進化するOne to Oneマーケティングとその弊害

インターネットの普及、そしてITの浸透により、顧客に対するサービスやマーケティング全般が大きく変化しています。前述したホテルのようなOne to Oneマーケティングは、精度の違いこそあれ、いまや形式的に多くの企業で採用され始めています。

顧客関係管理(CRM:Customer Relationship Management)のデータを充実させ、顧客の誕生日に花束を渡せる準備を整えている企業は、ホテル業にとどまりません。花束に限らず、なにがしかのサービスを機会に応じて提供している企業も多いのではないでしょうか。このようなサービスをマニュアル化し、社員教育を実施している企業も増えています。

顧客の嗜好を細微にデータ化し、顧客の望みを仮説検証して提供し、そのフィードバックをもとにさらにサービスを向上させていく。その精度を高めるには多くの個人情報が必要であり、それを取得し続ける必要があります。実は、ここに大きな二律背反があります。それは顧客のプライバシー問題です。



企業は、「より良いサービスを提供するために顧客をもっとよく知りたい」という行動原理で情報を取得し、データ化します。一方、顧客は「むやみに個人のプライバシーに踏み込まれたくない」というネガティブな反応を示すケースが多くあります。

例えば、Webの閲覧履歴などにもとづいて表示する広告を決定する「ターゲティング広告」の市場は、すでに日本でも1兆円の大台に達しています。しかし、こういった仕組み自体を嫌がる人も増えてきています。

ヨーロッパでは、5月にEU一般データ保護規制(GDPR)が施行され、主にアメリカの巨大IT企業、特にFAANG(Facebook、Amazon、Apple、Netflix、Google)といった巨大プラットフォーマーにネガティブな声が集まりだしています。

今後、IoT(モノのインターネット化)により、個人情報はさらに詳細に取得可能になると見込まれています。顧客にとっては「企業からdelightなサービスを受ける機会が増える」というポジティブな面と、「自身の情報がマーケティングに利用されるケースが増える」というネガティブな面があります。このパラドックスは、さらに広がりかねません。

そういう意味で、One to Oneマーケティングがどういう方向に向かうかは、現在、分岐点にある状態なのかもしれません。

まとめ:顧客との間にいかに魅力的な「物語」を構築できるか

だからこそ、「カスタマーディライト」がより注目されるのべきだと思います。これまで多くの企業がデータを取得・分析し、顧客にさまざまなアプローチを行ってきました。しかし、その結果、顧客の感情を害してしまうのでは、何のためのマーケティングなのか分かりません。

「データを集めて分析する」、「サービスをマニュアル化する」などの方法論は必要ですが、それは目的ではなく、あくまでも「顧客にdelightな体験を与えたい」と常に意識することが大切です。そのことを社員一人ひとりに徹底し、顧客と企業の間にどれだけ多くの「心を揺り動かす魅力的な物語」を構築できるか。この「言うは易く行うは難い」道こそが、カスタマーディライト獲得への道なのです。

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