
顧客と企業にとって人工知能(AI)が身近になるにつれ、AIを巡るさまざまなアイデアは、もはや「絵に描いた餅」ではなく、実際にどのように形にするかを話し合う段階に到達しています。ロボット従業員については今も未知の部分が多く残っており、インサイト分析やチャットボットにおける機械学習の可能性に関する議論も当分続きそうですが、現在のAIテクノロジーでも実現できることはたくさんあります。
カスタマーサービスの分野にもAIは広く導入されていますが、カスタマーエクスペリエンス全体にはどのような影響を及ぼしているのでしょうか。多くの企業がAIの実装に意欲を見せている現状に対し、「AIを使用することそのものがAI導入の目的にならないように」と専門家は注意を促しています。AIを導入する最大の意義は、カスタマーエクスペリエンス全体を改善することにあるからです。
そうした理由から、アナリストたちは「AIツールの導入は入念な計画の下で進めるべきだ」と提言しています。計画段階で、AIツールが「なぜ」カスタマーエクスペリエンスの改善に役立つのか、「どのように」活用すればよいのかを明確にしなければなりません。Forresterのブログ記事にも「AI主導のカスタマーサービスやセールスプログラムを成功させるには、AIをあくまでもツールの1つとして取り入れるという認識でプロセスを進めることが重要です。AIを最適化し続けるには、人間の介入が不可欠なのです」と書かれています。
ここでは、他社に先駆けてAI主導のカスタマーエクスペリエンスを提供したいとお考えの皆様に向けて、今すぐ実践できるAIの活用術を5つご紹介します。
1)助けを求める顧客のためにセルフサービスを効率化する
サポート担当者やチャットボットとやり取りするよりも、自力で情報を探し出して問題を解決しようとする顧客は少なくありません。しかし、セルフサービスで対処するには、Googleでヘルプセンターを検索して、ヘルプセンターから関連記事を見つけ、そこに掲載されている解決策が妥当かどうか確かめなくてはならず、やや面倒です。こうしたプロセスは、特にITに強くない顧客にとっては非常に厄介で、円滑なカスタマーエクスペリエンスを妨げてしまいます。
最新のAIイノベーションを活用すれば、顧客はヘルプ記事を探す手間をかけずに、問題解決に最適な情報を確実に入手できるようになります。機械学習と自然言語処理(NLP)を兼ね備えたAIが、それぞれの問題に対して最も役立つ記事を学習して、その記事をお勧めとして表示してくれるのです。さらに、カスタマーエクスペリエンスプラットフォームを組み合わせれば、こうした自動のセルフサービス型サポートをどこで提供すると顧客にとって最もメリットが大きいのかを見極めることができます。設置場所としては、ヘルプセンター、カスタマージャーニーの重要なタッチポイント、あるいはモバイルウェブサイトやアプリケーションなどが考えられます。
2)顧客のニーズや問題に合わせてコンテンツをカスタマイズする
パーソナライゼーションは、カスタマーエクスペリエンスの大部分を占める要素です。企業は、カスタマージャーニーのあらゆるタッチポイントでパーソナライズされたエクスペリエンスを提供するための方法を模索しています。たとえば、ヘルプ記事の改善も効果的でしょう。しかし、製品やサービスが複雑化の一途をたどる中、ヘルプ記事の鮮度を維持し、最新の内容にアップデートし続けるのは簡単なことではありません。
顧客がヘルプセンターのトップページやヘルプ記事からすぐに離脱している場合(または閲覧した記事についてフォローアップ時に「役に立たなかった」と回答している場合)、ヘルプコンテンツの内容が顧客のニーズや問題に合っていない可能性が考えられます。顧客にとって、役に立たないサポートコンテンツほど苛立たしいものはありません。しかし、不適切なコンテンツの公開を事前に察知して防止するのは、なかなか難しいでしょう。
こんなときに力を発揮するのがAIです。AIを活用すれば、実際の顧客ベースに合わせたヘルプコンテンツを作成して公開することができます。ディープラーニングモデルでは、サポートチケット内で特定の問題に関してよく使用されている単語や言い回しを抽出して、ヘルプセンターのコンテンツを最適化するヒントをつかむことができます。
たとえば、顧客が「パスワードの変更について」という件名のサポートチケットを送信した場合、AIは、関連性のある「ログイン資格情報の更新方法」というヘルプ記事に適切な編集を加えるよう提案します。顧客が使用している言葉や表現をヘルプ記事に反映すれば、記事が検索にヒットしやすくなり、内容もわかりやすくなります。さらにコンテンツマネージャーが、顧客の問題に関するインサイトと解決策の適切な伝え方をサポートチームに共有すれば、より高度なカスタマーエクスペリエンスのパーソナライゼーションが実現されます。
3)サポート担当者の生産性を高める
企業のサポート窓口に問い合わせたら、担当者がすぐに回答できず、「お調べいたしますので少々お待ちください」と返してくる――。皆様にも、こんな経験が少なからずあるのではないでしょうか。サポート担当者は通常、業務時間の約20%を製品情報の検索に費やしています。そのせいで対応時間は長引き、顧客満足度に悪影響を及ぼすこともあります。
ここでもAIが頼りになります。セルフサービスコンテンツを自動で提示してくれるAIは、サポート担当者向けにも活用できます。たとえば、顧客がシステムのパスワード入力に何度も失敗して、アカウントをロックされてしまったとします。どうしてもすぐにアクセスする必要があれば、顧客はもちろん緊急のサポートチケットを送信するでしょう。しかし、チケットを割り当てられたサポート担当者がロックの解除方法を詳しく知らなければ、まず社内のドキュメントに目を通して、必要な情報を集めなくてはなりません(そのドキュメントを見つけられれば、の話ですが)。
こんなとき、適切なAIツールを利用すれば、サポートチケットの内容を分析して、社内のナレッジベースから関連性の高いヘルプ記事を勧めてくれます。この一連の処理は、サポート担当者のインターフェイス上で直接実行されるため、担当者はまさに必要なタイミングで必要な情報を入手でき、顧客の問題にすばやく効率的に対応できるようになります。
4)データに基づいた予測結果を活かし、顧客エンゲージメントを強化する
デジタルでのアクティビティや操作は、大量のデータを生み出します。こうしたデータは機械学習アルゴリズムに活用でき、AIはこれを基に予測の精度を向上させています。たとえば、なぜAIは「木曜の午後6時に、会社から自宅へ一番早く戻れるルートは?」のような質問に適切に答えられるのでしょうか。それは、過去に他の人々が同様のルートで移動したときのデータを大量に収集しているからです。そうした膨大な調査データを基にリアルタイムで最速のルートを予測し、お勧めとして表示しています。
カスタマーサービスでのやり取りの記録も、カスタマーエクスペリエンスの改善に役立ちます。AIツールは、既存のサポートチケットの詳細を基に、現在のやり取りが良質なカスタマーエクスペリエンスにつながるか否かを判断し、顧客満足度(CSAT)スコアを正確に予測することができます。CSATスコアに影響を及ぼす要素としては、最初の応答から次の応答までの所要時間、問題解決に費やした労力のほか、顧客の言葉遣いを返信に取り入れたことによる効果などが考えられます。こうしたタイプのAIアプリケーションは、チャットボットのように人間の仕事をそのまま引き継ぐわけではなく、高品質のカスタマーエクスペリエンスを提供できるよう、サポート担当者を支援する役割を担っています。
5)カスタマーエクスペリエンスの改善に注力できる環境を整える
自動化に関して特に訴求力が高いバリュープロポジションといえば、人間の担当者の作業時間を節約して、より重要なタスクに専念できるようにすることです。既に多くの企業は、AIの導入によって、これまでに成し得なかった方法でカスタマーエクスペリエンスを改善することに成功しています。
髭剃り用品のオンデマンドサービスを展開するDollar Shave Clubでは、Zendeskの「Answer Bot」を導入した結果、担当者の作業時間が節約され、カスタマーエクスペリエンスの最適化に取り組む余裕が生まれました。チケット解決の自動化によって確保できた空き時間で、以下のことを行っています。
- 「ヘルプセンター対策チーム」を新たに設置して、セルフサービスを利用する顧客に向けて、常に最新で鮮度の高いヘルプ記事を提供し、Answer Botによるお勧め記事を最適化する
- 1日あたりのチャット対応時間を増やすことで、サポート人員の数を増やすことなく、より多くの問い合わせにリアルタイムで応答できる体制を整える
- 月に1回、カスタマーエンゲージメントのインサイトに関する社内報をオンラインで発行し、最新のトレンドを周知させ、サポートチームに成果指標の推移を伝える
- 「テスト&ラーンチーム」を新たに立ち上げて、顧客へのメールの文面を見直し、カスタマーエクスペリエンスの改善につなげる